こんにちは、アフリカ在住ブロガーのぴかりん(@dujtcr77)です。
青年海外協力隊としてのルワンダでの活動を終え、日本に帰国してから1か月ちょっとになります。
今後の予定としては、今月中にルワンダに戻って本格的にビジネスを始める予定。
私の場合、協力隊としてルワンダに行ってからルワンダでビジネスをしようと決めたわけではありません。
もともとルワンダで起業しようと思っていて「まずは自分の損得考えずに現地を見てみたい」という考えからボランティアである協力隊に参加しました。
「ルワンダでのビジネス」ということだけ考えると遠回りともとれる選択をしたわけです。
しかし結果として、協力隊としてルワンダにいって良かったなと思っています。
ルワンダに対する意識の変化
昔は「ビジネスチャンスのある国」だった
私がルワンダに行こうと思ったきっかけは、ルワンダに恋をしたからです。
主に、
- ルワンダの発展可能性
- ルワンダという国が持つ歴史(虐殺からの復興など)
を知った時に強くルワンダに興味を持つようになりました。
もちろんこれだけではないのですが、とにかく知れば知るほどハマっていった。
あとは、変な話ですがルワンダが小さかったのもポイントでした。
ルワンダの国土は四国の1.4倍ほどなのですが、
「こんな小さい国からアフリカビジネスの常識ぶっ壊すような大きな動きを作れたら、素敵やん?」
みたいなことも思っていましたね。
なので、ルワンダに行く前から何故かすでにルワンダ愛は芽生えていたんですが、今考えるとそれは「ビジネスの可能性を持つアフリカの1つの国」に過ぎなかったんです。
じゃあもしこの時点で政治的な混乱が起きたり、内戦が勃発したり、発展の妨げになるような事態や自分の身の危険を感じる事件が起きていたらどうしたか?
きっと他の国を選択肢として考えていたと思います。
今は「あの人がいる国」になった
ルワンダで生活して1年半。
色んなルワンダ人に出会いました。
事務所の同僚、大家さん、家のお手伝いさん、近所のこどもだち…
仲の良い人が増えるにつれ、また彼らとの付き合いが深くなるにつれ、自分の中でルワンダという国の位置付けが大きく変わっていきました。
「ルワンダ」と聞いたときに、私が最初に思い浮かべるのは「ICT立国を目指す国」でも「アフリカのシンガポール」でも、ましてや「大虐殺のあった国」でもない。
自分にとってルワンダとは、
「あの人がいる国」
として、ルワンダで仲良くしていたルワンダ人の顔が思い浮かぶようになったんです。
帰国後に私と飲んだ人にはほぼ見せているので「出た出た(笑)」と思う方もいるかもしれませんが、私にはルワンダで特に大事に思っている人がいます。
私の家でガーディアン(安全のために家を見ててくれる人)として働いていてくれた女性の子・ジョリです。
そもそも家が隣ということ、また産後にうちに戻って仕事をし続けてくれたということもあり、産まれてからこの子の成長をずっと見てきました。
今までは例えば、ルワンダの教育や雇用のことを本気で考えているつもりでも、どこか他人ごとのような感覚がありました。
それがこの子ができてからは、
「将来ジョリがちゃんとした教育を受けられるためには?」
「ジョリが一生懸命勉強を頑張って、その先にやりたい仕事を見つけられる世の中にするためには?」
と、より具体的に、自分の家族のことを思うように考えるようになりました。
「好きなことで生きていく」だけではなく「好きな人のために生きていく」
最近よく「好きなことだけで生きていく」ということが言われています。
確かに、好きなことをしてお金がもらえるんだったらそれは素晴らしいこと。
でもそれだけじゃなく「好きな人のために、好きなことをして生きていく」だったら2倍にも3倍にも幸せなんじゃないかなと思います。
例えば料理が好きな人がいたとして、色んな料理にチャレンジしているだけでも楽しいでしょう。
でもそれを自分の大好きな人に「おいしいね」って言って食べてもらえたら、きっとより料理が好きになりますよね。
それと同じで、国際協力をやるにしても、国際協力それ自体が好きというだけでなく、誰かその先に思い浮かべることができる人がいると、もっともっと仕事が楽しくなるんじゃないか。
日本に帰ってジョリのことを思いながら、最近はそんな風に考えています。
さいごに:「友達作り」からはじまる国際協力もあっていい
途上国でボランティアをしていると「やってられっかバカ野郎」って思うことがあります。
わかっていても自分の常識と現地の常識のギャップに悩んだり、自分のやる気だけが空回りして肝心の現地人に響いてなかったり。
そんな時に本当に投げ出してしまうのか、それとももう1歩踏ん張ってみるのか、この境目において自分のいる国に大切に思える人がいるのかどうかってけっこうデカいと思うんです。
大事な友達なり家族を見つけて、「国際協力の対象国」ではなく「自分にとってほっとけない国」にするというのは、実は国際協力の第一歩としてはとても重要なことのように感じます。
協力隊に参加しないでビジネスを急にはじめていたら、ここまでじっくり現地人と関係を築くこともなかったかもしれません。
確かにビジネスとしては遠回りをしたのかもしれませんが、自分にとってルワンダの位置づけを大きく変えることになった出会いを考えると、やはり協力隊としてルワンダに行ったのは正解だったなと信じています。
「国際協力」ときくとなんかすごいごとしなきゃ、と肩ひじ張ってしまいがちですが、案外はじめは「仲のいい友達作る」くらいの感覚でもいいのではないでしょうか。