堀江貴文『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく 』感想・レビュー~甘え上手になろう!~

こんにちは、青年海外協力隊としてルワンダで活動中の根本(@dujtcr77)です。

チョット今さら感がありますが、「ホリエモン」こと堀江貴文さんの『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』を読みました。

ズバズバと刺さる言葉が沢山ありましたが、特に共感したのが小学校3年生の担任だった星野先生についてのこの言葉。

星野先生は、僕の生意気なところ、面倒くさいところ、そして不器用なところを、すべておもしろがってくれた。

せっせと百科事典を読んでいることも、祖母が毎日唱えていたお経をいつの間にか暗記してしまったことも、全部ほめてくれた。

こんな僕にも理解者がいて、応援してくれる人がいる。それだけでうれしかった。

たった1人でも理解者がいるということ

ホリエモンも人間

堀江さんは、メディアで常になにかしらの形で批判の的となっていると言っても過言ではありません。

一言で言ってしまうと敵が多い。(失礼)

ただ、徹底した合理主義者といった印象がありますが彼も人間です。『ゼロ』で書かれていたように声を出して涙を流すこともある。

それでもやってこれている理由に「理解者がいることに気が付いている」、そして「その理解者に素直に頼れている」ということが挙げられると思います。

もともと批判への耐性というか、受け流すのがウマいこともあるのかもしれませんが、一人の味方もなしに戦い続けられる人なんていません。それは堀江さんも例外ではないはずです。

こんな僕にも理解者がいて、応援してくれる人がいる

例えば10人中9人に嫌われていてたった1人だけ自分を理解・応援してくれる人がいたとしましょう。

このときに「自分はほとんどの人に嫌われている」といって自分ですら自分を嫌いになってしまうのか、「たった1人でも自分を理解してくれている人がいる」とそのありがたみに気が付くのとでは大きな違いがあります。

また、そのたった1人に寄りかかることが出来るかどうか

電車が揺れて倒れそうになっても、つり革ひとつ見つけてつかまることができれば、倒れないですみます。心もそれと一緒だと思います。

映画『ビリギャル』の坪田先生

映画『ビリギャル』でも「理解者」の存在が一つのカギになっていました。『ビリギャル』は「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」。

この映画のなかで主人公のさやかは勉強もせずギャルになり、家では父親から期待もされず、学校では「人間のクズ」と言われます。
でも心の底まではグレませんでした。
それは何故か?

彼女にはちゃんと味方がいたんです。
そしてその味方に素直に頼っていた。

何があっても娘を守ろうとする母親の「ああちゃん」
個別指導塾の「坪田先生」
一緒に遊び歩くギャル仲間

特に坪田先生はホリエモンで言う星野先生と近い所があるかもしれません。

最初のレベル確認テストで珍回答を連発したさやかにも「君の発想は天才級だよね」と言って一緒に面白がって笑ったり、「全問不正解だけど、解答欄はすべて埋めたね」と出来たところを褒めてあげます。

周りに「クズ」と呼ぶ人間がいても、本当にクズにはならずに目標に向けて頑張ることができたのは、自分を理解してくれる人がいて、かつその人に素直に頼ることが出来たからなのではないでしょうか。

追いつめられた時

どうしても悪いことに目がいきがち

自分の信じた道に進んだ結果、敵を作ってしまった。
ブログやSNSの発言が炎上して叩かれた。
やりたいことに賛成してもらえない。

こんな時、どうしても「敵」や「叩く人」、「反対する人」が気になってしまいがちですよね。

結果として、無理に戦ってお互い消耗したり、自暴自棄になったり、孤独感を感じてしまう。

「甘え上手」になろう

でも周りを見渡せば、きっと自分を理解してくれる人や応援してくれる人はいるはずです。

世の中に1人も味方がいない人なんていません。

例え少なくても、その味方に素直に頼る「甘え上手」になることが出来れば、前向きに進んでいくことが出来ます。

昨今のニュースなどを見ていると、どうも甘えベタな人が多いのかな、なんて感じたりします。

倒れそうになったとき、一つでも良いから「心のつり革」を見つける。
大事な人が倒れそうだったら、その人の「心のつり革」になってあげる。

甘えやすい環境をお互いに作っていけたら、もっと世界は明るくなるんじゃないでしょうか。

その他の名言

冒頭でも『ゼロ』には「ズバズバと刺さる言葉が沢山」と書きましたが、最後にお気に入りの名言をいくつか紹介したいと思います。

物事の出発点は「掛け算」ではなく、必ず「足し算」でなければならない。

まずはゼロとしての自分に、小さなイチを足す。小さく地道な一歩を踏み出す。ほんとうの成功とは、そこからはじまるのだ。

多くの人は、ラクをして成功する「掛け算の答え」を求めがちだが、そもそもゼロに何を掛けてもゼロにしかならない。

まずは自分自身でゼロをイチにすることからはじめよう、というメッセージです。

失敗して失うものなんて、たかが知れている。なによりも危険なのは、失うことを怖れるあまり、一歩も前に踏み出せなくなることだ。

どんな失敗をしてもマイナスなんて存在しない。結局ゼロに戻るだけ。ゼロなんて思っているほど怖くない。

勉強でも仕事でも、あるいはコンピュータのプログラミングでもそうだが、歯を食いしばって努力したところで大した成果は得られない。

努力するのではなく、その作業に「ハマる」こと。なにもかも忘れるくらい没頭すること。

それさえできれば、英単語の丸暗記だって楽しくなる。

人に「すごいね!」「ストイックだね」と言われても本人はピンと来ていないことってあると思います。

それはその人が「頑張っている」という感覚よりもただ「ハマっている」という感覚の方が強く持っているためなんじゃないでしょうか。

チャンスについて語るとき、僕はよく昔話の『桃太郎』を例に挙げる。川で選択をしていたおばあさんは、大きな桃に飛びついた。

奇妙な桃だと怖がらず、洗濯中だと無視もせず、とにもかくにも飛びついた。

鬼退治の物語は、おばあさんが桃に飛びつくところからはじまるのだ。(中略)

僕はこの「チャンスに飛びつく力」のことを、向上心とか目的意識とか、そんな堅苦しい言葉で語りたくはない。

もっとシンプルな人としての「ノリのよさ」だと思っている。

おばあさんもチャンスを掴んだという考え方、斬新で面白かった。

「なんかわかんないけどとりあえず面白そうだからやってみっか!」みたいなノリって大切ですよね。

人生の中で、仕事はもっとも多くの時間を投じるもののひとつだ。そこを我慢の時間にしてしまうのは、どう考えても間違っている。

まったくもって同感!

与えられた仕事にやりがいを見つけて楽しむこともできるし、自分がやりたいことを起業してやってもいい。

それが難しくない時代だからなおさらです。

覚えておこう。

やりがいとは、業種や職種によって規定されるものではない。

そして「仕事をつくる」とは、なにも新規事業を起ち上げることだけを指すのではない。

能動的に取り組むプロセス自体が「仕事をつくる」ことなのだ。

仕事を我慢するなと言っても、みんながみんな好きな事で起業をしたり、やりたい仕事だけをできるわけではありません。

そして堀江さんもそういう意味で「仕事をつくれ」「やりがいを作れ」と言っている訳ではありません。

与えられた仕事のなかにも自分でやりがいを作りだし、能動的に取り組むことによって楽しみを見出すことができるのだ、と刑務所での紙袋を折る作業の体験談を交えて語っています。

…それでも、これといったアクションを起こさないのは、なぜか?

理由はひとつしかない。

最初から「できっこない」とあきらめているからだ。

人は「やりたいことがない」のではなく、「できっこない」という勝手な可能性のフィルターで本当にやりたいことをストップしてしまっている。

なにかやりたいことがある時に「できない理由」から考えてしまうのはつまらないですよね。

それこそ「ノリ」でやっちゃって良いんじゃないかと思います。

ほんとうに困ったとき、
人生の崖っぷちに追い込まれたとき、
失敗してゼロに戻ったとき、
あなたを救ってくれるのはお金ではなく、信用なのだ。

これからはお金よりも信用が価値を持つ時代。

他人の信頼を積み重ねること、そして自分自信を信用すること(自分に自信を持つ)。

「悩む」と「考える」の間には、決定的な違いがある。

まず、「悩む」とは、物事を複雑にしていく行為だ。(中略)

一方の「考える」とは、物事をシンプルにしていく行為である。

「悩む」という行為は「悩むために悩んでいる」感じがしてあまり好きじゃないです。

物事をシンプルにして前に進むためには「悩む」のではなく「考えて」行きたいですね!