落語『千早振る(ちはやふる)』あらすじ・解説

こんにちは、アフリカ在住ブロガーのぴかりん(@dujtcr77)です。

今回は落語『千早振る』の紹介をします。

あらすじ

無学者は論に負けずなんてことを申しますが、ろくに知りもしないことを知ったかぶりをする人がよくございます。

ごめんください、先生
よう八っつあんかい、よく来たね。

こっちお入りよ

実はね、わからないことがあって聞きに来たんですよ
わたしゃ何でも知ってる。

聞いてごらん

いやね、あっしのところに娘がいるでしょう?

あいつが近ごろ変なもんに凝っちまいましてね

何に凝ったんだい?
それが百人一首なんですよ。

あの、いい男がいるでしょ。在原業平とかいう。業平の歌と言えば、

「千早振る 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くぐるとは」

お、そ、そうだよ。

それが業平の歌だ。

それが業平の歌じゃあないなんて人がいるかい?

何言ってんですか?いませんよそんな人。

いやそれでね、娘が突然その歌の意味を教えてくれって言うんですよ。
そんでわからねえから家飛び出してきちまったんですよ。

外をブラブラしてたらね、子どもだからそのうち諦めて帰っちまうかと思ったら、帰らねえやアレ、家の子だから。
嫁に行くまでずうっと家にいるんだ。

だからどうしたもんかと思ってここに来たんですよ

あ、ああ…

つまりお前は、「千早振る 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くぐるとは」の意味が知りたいというワケだ?

そうです。

どういう意味なんです?

それはだな、千早振る、神代もきかず、竜田川になる…

だから、からくれないに…水くぐる、とは、だ

それじゃ歌を切れ切れにいっただけじゃないですか。

どういうわけか教えてくださいよ

お前さんは、この竜田川というのを何だと思ってる?

川がつくから川の名前だと思ってるんだろう?

川の名前でしょう?
これは違うんだよ。

なにを隠そう相撲とりの名前だ

江戸時代、大関にまで昇進した相撲取りがいた。
この竜田川が吉原の夜桜花見に行った時に観たのが花魁道中だ。

当時絶頂の千早太夫に竜田川は一目ぼれ。

千早にフラれっぱなしの竜田川は、妹の神代にはなしをつけようとした。
しかし神代も「姉さんの嫌なものは、わちきも嫌でありんす」という事を聞いてくれなかった。

フラれ続けた竜田川は、相撲をやめて豆腐屋になったんだな。

そりゃおかしいや。

相撲から急に豆腐屋なんて

まあ、いいじゃないか。
実家の商売や豆腐屋だったんだから。

ある日、竜田川が豆をひいていると、女乞食がやってきた。
「もう2,3日食べ物を口にしていないので、おからを恵んでください」
おからをやろうと思って顔をみるとそれはなんと千早だった。

どうもばかばかしいなあ。

大関が急に豆腐屋になったり、全盛を極めた太夫が乞食になっちまったり…

いいだろ、当人がなりたいって言うんだから。
人間なろうと思えばなんにだってなれるんだ。

竜田川はひどく怒った。
おからはやれないとドーンとつくと女は飛んでいった。
千早はついに自分で井戸の中に身を投じてしまった。

はかなく命は消え去り、チャンチャンだ。

え、これで終わりですか?

どうにもあっけないじゃないですか。

千早井戸に飛び込んで終わりなんていうのは

あっけないも何も、これが歌の意味だ
え、いまの歌の話なんですか?

あんまり長いから、別の話かと思った

千早がフッた後で、妹の神代もいう事を聞かなかったから「千早振る 神代もきかず 竜田川」となる。

落ちぶれた千早はおからを求めるもくれず、井戸の水に身を投じたから「からくれないに 水くぐるとは」じゃないか

なるほど…

しかし、水くぐるなら、「水くぐる」だけで十分じゃありませんか。

それなのに、「水くぐるとは」ってのはどういうことです?

とはってのはは、千代の本名だ

解説

概要

やかん』などと同様、無学者の半可通(はんかつう)ぶりをえがく噺。

江戸時代中期の代表作家・山東京伝の滑稽小説『百人一社和歌始衣抄』(天明7年/1787年)にもとづく和歌珍解釈の一席です。

もとは、「千早振る…」の解釈の前に「筑波嶺(つくはね)の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」という歌の珍解釈もあったが、現在ではまったく口演されなくなっています。

千早振るの読み方

本来は、「ちはやぶる」と読みますが、俗には「ふる」と発音します。

またこの「ふる」の発音が迷説の根拠になるため、噺の題としても「ちはやふる」と読まれるのが一般的。

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